『今徒然』 ~住職のひとこと~

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第57回 ~永遠のアポリア~ 

2025-08-22
 『ハムレット』の独白“To be, or not to be that is the quetion”「生きるべきか、死すべきか、それが問題だ」は、世に知らぬ者がない名台詞だが、爾来じらい、その解釈は様々に異なり、翻訳家を悩ませる“迷文句”ともなっている。例えば、小田島雄二訳では、「これでいいのか、いけないのか、それが問題だ」となるが、これ・・はさておき、何時の時代にも、生と死の葛藤が人生窮極の問題であることに変わりはない。アルベール・カミュは、 『シーシュポスの神話』の冒頭で、こう書いている。「人生が生きるに値するか否かを判断することが、哲学が最初に答える問題だ」

 人生は無数の矛盾で出来ている。この解決不能な矛盾、古代の哲学的術語を借りれば《アポリア》を生きることが生身の人生の現実である。「昨日も空しく、今日も徒らに生死の巷を迷う」とはまさに仏教の下炬文あこもんの章句だが、ならば、ハムレットもただの“底下具縛ていげぐばくの凡夫”に過ぎない。世界一有名な迷える凡夫のキャラクターということになる。因みに、「一切皆苦」は、仏教の大前提をなすテーマだが、矛盾に引き裂かれたこの人生を何故こうまでして生きねばならないのか。逆に言えば、矛盾に引き裂かれたこの苦しみの実感だけが、生きている証拠とでもいうのだろうか。

 ありていに言えば、人生は矛盾と葛藤と愛憎が随所に仕掛けられた回答不可能なアポリア。この状態をキルケゴールは「絶望して死ぬことも出来ない絶望」と云ったのだろう。だが、「生きることへの絶望なしに生への愛はない」(カミュ)また、「希望は人々が考えていることとは反対に、諦念に等しい。そして生きるとは、諦めないことだ」「人間にとって現存を意識するとは、もはや何ものにも期待しないことである」つまり、一度絶望したものが希望や期待とは無縁の境に到っても、決して諦めないこと。誰もが、異次元のダブル・バインドの罠から容易に脱けられない。

 さて、《アポリア》をめぐる推論は少し進んだのだろうか。いや、ただ堂々巡りをしただけのことかもしれぬ。けだし、冒頭でふれたハムレットの“To be, or not to be that is the quetion”の様々な意訳。あかぬけした訳文で知られる福田恆存の「生か、死か、それが問題だ」の他にも、「永らうべきか、否か、…」「生きてとどまるか、消えてなくなるか、…」「このまま生きるか否か、…」どれでもいいようだが、どれも異なっている。もしかして、ハムレットはこう語りたかったのかもしれぬ。“Life is full of ambiguity”「人生は曖昧だ(両義性に満てり)。」


令和7年 8月22日
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