『今徒然』 ~住職のひとこと~
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第18回 ~『ハムレット』の言葉~
2022-01-01
"To be, or not to be, that is the question" 「生きるべきか、死すべきか、それが問題だ」は、誰もが知る『ハムレット』の有名な台詞です。ハムレットに限らず、シェイクスピアの作中人物は、下僕や魔女、商人、役人、国王、端役の男女に至るまで、悉く天才的に雄弁でエキセントリックで、従って、魅力に富んでいます。「生きるべきか、……」の訳については、侃侃諤諤諸説あるようですが、小田島雄志訳では「このままでいいのか、いけないのか」となっています。これを「あるべきか、あらざるべきか」などとすると、主人公は如何にもしかめつらしい哲学者になってしまいます。
してみると、"To be, or not to be,"の独白は決して一通りではなく、演者が台詞として発する言葉のニュアンス・声色・抑揚はもちろん、その時々の心的状態やその人に関わる客観的事実や体調などによっても、些か意味の"ずれ"が生じてくることになります。真実は実はハムレット自身にしか解らない。『ハムレット』は、演者を介して言葉のルールをより複雑化して、観客に仕掛けられた一種の『言語ゲーム』ではないだろうか。そして、本来、英語を日本語に翻訳することも、ウィトゲンシュタインの『言語ゲーム』の規則とか理論の汎用が及ぶところではないだろうか。
ハムレットの独白に先立つ、第二幕第二場に、次のような興味深い"対話"があります。
POLONIUS:……What do you read my lord?
ポローニアス:……殿下、何をお読みで?
HAMLET:Words,words,words.
ハムレット:言葉、言葉、言葉。
POLONIUS:What is the matter, my lord?
ポローニアス:いえ、なかにはどんなことが?
HAMLET:Between Who?
ハムレット:なか、誰のなかだ?
福田恆存訳は、日本語として絶妙且つ見事にこなれていて、誤訳ではないかと疑うほどです。
ともあれ、この場合、狂気を装うハムレットが、狡猾なポローニアスを完全に支配しています。そして、観客は固唾を呑んで、この『言語ゲーム』に参加している。のみならず、音・記号としての言葉と言葉の意味の戯れは、まるでポスト・モダンに通じる言語学の実践モデルを垣間見るようです。ところで、ウィトゲンシュタインは、「言葉をもって言葉を語ることはできない」 即ち『メタ言語』の不可能性を論じましたが、禅の『不立文字』のように言葉も言説も棄て去った究極の"以心伝心"は、或る意味で『超言語』と云えないでしょうか。
令和4年1月


