『今徒然』 ~住職のひとこと~

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第27回 ~破調の美~

2022-10-01
 私は不調法なたちで、茶道のたしなみがほとんど無い。一通り茶事の心得がある人を見ると、それだけでリスペクトしてしまう。なつめから茶杓で抹茶をすくい、釜から柄杓で碗に湯を注ぎ、茶筅ちゃせんのえもいえぬ緩急でこれを攪拌する。然る後、茶碗に袱紗ふくさを添えて客の前にそっと差し出す。この繊細で流れるような『点前てまえ』は、とても"人間業"とは思えない。戦国時代、武家が茶の湯を好んだのは、茶湯のもてなしとそれを受ける者の所作、居住まい、呼吸までが、いかに端正に調っているか、相手の器量を窺う一期一会の機縁とされたのではなかったろうか。けだし、殺気みなぎる交歓の風景ではある。

 さて、前置きはほどほどにして、安土・桃山時代に活躍した古田織部という武将をご存知でしょうか。茶人、陶芸家としても、当代随一の文化人です。千利休に師事しましたが、師から「人とは違うことをせよ」と教えられ、当時一世を風靡ふうびしていた利休の侘茶わびちゃとは、また異なる「破調の美」をモチベーションとした茶道の新境地を開きました。その斬新な美意識は、茶陶をはじめ茶道具全般に及び、世に云われる「織部好み」として、今日に伝えられています。碧玉へきぎょくを砕いたような色彩、思いがけない大胆な造形のデフォルメは、斬新さでは、今もこれに追随するものはありません。

 以前、パウル・クレーとかカンディンスキーに魅了されて、よく美術館に足を運びました。パウル・クレーなどは数回観にいきました。東京の竹橋の美術館にカンディンスキー展を観に行ったこともあります。表現主義にも、キュビズムにもおさまりきらない、この色彩の混沌と造形的衝動を何とよんだらいいのでしょうか。クレーやカンディンスキーは、常に"パラダイム・チェンジ"をつづけ、トップランナーとして前衛に躍り出ようとするかのようです。前衛的抽象世界を切り拓こうとする彼らの飽くなき探究も、“美の先駆者”として、織部と共通するものがあるのかもかもしれません。

 アルゴリズムを超えるものは何か。形のゆがみや不調和や非対称な紋様を美しいと感じる人間の美意識ではないだろうか。プログラムの手順から逸脱した「破調の美」ではないだろうか。古田織部が師千利休から「人とは違うことをせよ」と教えられたほんとうの意味が、ここに見えて来ます。真に斬新なるものは、自らの美意識だけをたのみとし、今までにない美の意匠を窮めること,つまり唯一無二のオリジナリティを獲得することでしか達せられないということです。織部はいつの時代にも斬新でありつづけ、同時に斬新の“最終形”が何たるかを示しているように思えてなりません。

令和4年 10月1日
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