『今徒然』 ~住職のひとこと~
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第47回 ~ワイン夜話~
2024-06-01
ここのところ重くてシリアスなタイトルが続いたので、今回は口直しにワインの話でもしましょう。初夏には、ブルゴーニュの辛口の白ワインがお薦め。きりっとした男前のピュリニー・モンラッシェ、ややふくよかな香りのムルソーなど、その他にもブルゴーニュは名だたる白ワインの宝庫。例えば、これに旬の鮎の塩焼きなど合わせると、何と素敵なマリアージュ。至福の時が訪れます。ところで、白ワインの辛口のことを、フランス語では"Sec"といいますが、これは「喉が乾く」という意味。口当たりのよさに、つい杯を重ねると、後で必ず喉が乾きます。辛口の所以です。
さて、ワインの歴史は古く、紀元前のメソポタミアが発祥とも云われます。その後、地中海を拠点とするフェニキア人から古代ギリシア、エジプト、ローマ帝国にまで普及しました。かのアレキサンダー大王が大遠征した頃には、既にひろく愛飲されていたようです。アレキサンダー大王やその師であったアリストテレスが、ワインの呑み過ぎか、いずれも“痛風”で苦しんだという笑うに笑えない逸話も伝わっています。一方、『最後の晩餐』で、イエスが弟子たちを集め、グラスに赤ワインを注ぎ「私の血である」と云った話は、ワイン史上余りにも有名で神聖な逸話と申せましょう。
1789年 フランス。パリでは飢えと貧しさに苦しむ市民が蜂起してフランス大革命が起ります。ルイ16世の王妃マリー・アントワネットが「パンが無いなら、お菓子を食べればいいのに」と云ったとか。これにはやや誇張がありますが、王室の贅を尽くした宮廷生活のほどが窺えます。やがて、ルイ16世は処刑され、マリー・アントワネットも哀れ断頭台の露と消えますが、その前夜、彼女は生涯最後のワインとして、“サンセール”というソーヴィニヨン・ブランを所望しました。ドライでエレガントな味わいは、ミッテラン元フランス大統領も愛したロワール地方の逸品です。
スティーブン・スピルバーグ製作の『シンドラーのリスト』という映画の中で、ナチスの将校が、ジープで占領した町のビストロにのりつけ、店の椅子にどっかり腰をおろすなり、「シャンベルタン!」と注文するシーンがあります。シャンベルタンの品格に最も相応しくない人品を配した心にくい演出です。作家吉行淳之介は、シャトー・ヌフ・ドュ・パプ(教皇の新しい館)を(教皇の新しい妾の館)と言い換えるなど、スパイシーな風刺を好みました。なるほど、抜栓すると、何やら意味深で、秘密めいた馥郁たる香りが立つような。ロワール地方を代表するシャトーの一つです。
令和6年 6月1日