『今徒然』 ~住職のひとこと~
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第42回 ~ブルース・リーの訓え~
2024-01-01
香港映画の『燃えよドラゴン』は、いわゆるカンフー映画として、今も多くの人々に人気があるが、有名な台詞 Don't think, FEEL. 「考えるな、感じろ」は、格闘家としてのコンセントレーションを極限にまで高める知る人ぞ知る名言です。引き締まった全身の筋肉は、パワーと柔軟さを兼ね備え、敵との間合いには張り詰めた気魄が漲り、一撃必殺の鉄拳や蹴りが繰り出される。相手が倒れて立ち上がれなくなるまで、攻撃の手は緩めない。格闘家であり、俳優であるブルース・リーの真骨頂です。格闘家のみならず、勝負を期する者が、範とすべき哲学のようなものすら感じます。
「考えるな」は「考えるのを止めろ」ということで、これは、天台宗でいう『止観』にも等しい。一切の雑念を払い、無念無想になることは仏法の修行にも通じるわけで、何も考えないことが、いかに難しいか。考えまいとすればするほど、雑念につき纏われるのが常です。同時に、深い意識の底で何かを感じる。とすれば、それは、概念や言葉以前の呼吸のようなものでしょうか。一刹那の呼吸のうちに、勝負を決する機を捉えるには、心が一つのものに専注された状態、つまり「三昧」の境地に入る必要がある。ブルース・リーがただの格闘家とか、俳優でない所以がここにあります。
実は、この「考えるな…」の後に、「月を差す指の話」という禅問答のような話が語られます。実際、道元禅師の禅問答のエピソードが元になったと言われます。 It's like finger pointing away to the moon. Don't concentrate on the finger, or you will miss the heavenly glory. それは、月を指し示す指を見るようなものだ。指に気を取られるな。さもなければ、天に昇る栄光を全て失うことになる。勝負の相手から、決して目を離さないこと、その対象以外の挑発的な動作や誘いにのらないことを、主演のブルース・リーは、師として修行中の弟子に厳しく戒めます。
不条理で巨大な力に、ひとり立ち向かい、挑み果敢に闘いつづける『燃えよドラゴン』には、香港人の魂が込められているように想います。しなやかで強かな闘う香港人の魂のシンボルが、ブルース・リーといっていいでしょう。今の香港を見たら、彼はどう思うでしょうか。闇を切り裂く鋭い怒りの気合が、聴こえてきそうです。2024年を迎えて、最初のテーマにブルース・リーを取り上げたのは、辰(竜)年に因んだこともありますが、今、我々は皆「月を指差す指」を見ている状態にあるのではないでしょうか。指の向こうの真実を見据える態度が、今こそ問われています。
令和6年 1月1日